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己の罪と向き合う勇気

2007年に初めて記事にして今回で、回目。
『光市母子殺害事件』の元少年・大月孝行被告の上告が棄却され、死刑判決が確定しました。

2008年04月23日 | なんでもない事
昨日、年の歳月を経て漸く光市の母子殺害事件加害者に、死刑判決が出ましたね。
即刻加害者弁護団は最高裁に上告した様ですが、差し戻しの判断をし『裁判をやり直しなさい』と判じたのは最高裁なので、棄却される事が濃厚な気がしますが・・・。

個人的な感情は置いておいて、与えられた権利を行使するのは、それが犯罪を犯した者であっても当然ですので・・・その判断が誤りであると加害者側が思うなら、それも止む無しですね。
いくらその者がした事が許せなくても、その権利を奪う事は法治国家としてありえませんからね。

このブログでも何度か取り上げておりますが、今回の事件のご遺族が言われる通り、どんなに一方にとって正当な主張であろうと、極刑を望む事は出来るだけ回避するに越した事はないのです。
私自身は『死刑は廃止すべき』と思いませんが、勿論良い事だとも思ってません。
加害者が例え極刑になろうとも、拭いきれない被害者遺族の心があり、会見で遺族の方が言われた通り『納得が出来た。』だけなのでしょう。


と、前回記事を書いて・・・もう年弱。
何をするのも、この国の司法は遅過ぎる。
遅いから故、冤罪である場合に最悪の結果になる事が回避出来るのもあるが、それにしても・・・遅過ぎる。
13年もかかって、罪を犯した者は30歳ですよ?

確実な罪科がある者に対し、無為な時間ばかりを費やしている。
この国は、死刑判決確定後半年以内に刑の執行が法で定まっているのに、法務大臣率先してその法を破ってるんですね。
そんな覚悟もなく、法務大臣になるんじゃない!

もう、法務大臣の決裁なく・・・法に遵守して、刑の執行をしたら?
でなきゃ、刑が確定する意味ないよね?
死刑判決が確定しても、のらくら生きていられるんだから。
10年以上も、塀の中でのうのうと生き永らえていたなんて・・・有り得ないですね

私個人は、の命での命を購えるとは思ってません。
時々それでも、の命を購うために複数の命を差し出せ的な事が起るのも承知しています。
ですので、の命を奪った大月被告が、自らの命を差し出しても・・・失った命に等賠はする事は叶わない。
これは、数の論理ではない。

些細な罪であるなら、誰にでも経験のある事でしょう。
命の危機に際して、正当防衛をしたと言うなら意味が変わる。
良いとは言わないが、母ではなく・・・物言えぬ子を手にかけたただその点のみに置いてだけでも、彼は己の命で購わなければならない。
例え、等倍の価値にならないのだとしても。


休み明けに判決が下ると言う事で、休み中にどこぞのテレビ番組で見ましたが・・・局の女子アナが件の被告に接見してインタビューをしたそうだ。
そのインタビューの内容を聞いて、『あぁ、こいつは本当に・・・死ななければならないんだな。』と強く思いました
母親が首をつって自殺しているのに、自分を同じ刑罰に処すなんて『あんまり』なんだそうだ
そうかそうか、絞首刑は嫌か。

無体に殺された人の『あんまり』とやらは、どうするんだ?
無体に殺された幼子の、『あんまり』はどうしてくれるんだ?

先に罪無き者から他から購う事の出来ない大切な物を毟り取った君に、言う権利だけはあるんだよね
ただ、生きていると言う事だけで・・・死者を踏み躙り権利を主張するか。
無為に命を奪われた者は、死んだ途端権利もなくなるか・・・。
加害者に踏み付けられても、致し方ないってか?
そうかそうか

更生の機会・・・と言うけど、更生の余地がない者だって現にいるではないか。
正しく、更生の余地がない・・・件の被告に感じたのは、ただそれのみだった。
30歳になったのに、13年も経ったのに・・・この人物の言葉に心が寒くなる。
更生できるかも知れないからと言って・・・こんな人物を、野に放す事はご免だ。

更生・・・それを望んでも、簡単にいかないのがこの国だ。
凶状持ちが、まともな職にありつくのは有り得ない。
どんなに本人がそれを望み、猛烈な反省と改心をしたとしても、受け入れる先がないのだ。

あれだけ腐った芸能界ですら、麻薬・大麻等の麻薬及び向精神薬取締法違反や軽犯罪法違反者が舞い戻るのが席の山。
過去に殺人を犯した芸能人、過去に殺人を犯した医者、過去に殺人を犯した弁護士や教師・・・居ますか?
ご存知ですか?

働く意欲があっても、現実に職に付く事が難しい。
何も罪がない者ですら職にあぶれるのに、賞罰欄に『殺人罪にて服役。』なんて書かれた履歴書を出されて・・・
『あぁ、更生したんだぁ。偉かったね。』
なんて思ってくれる会社が、あるだろうか?

更生したって言われても、『万が一の時は、誰が責任持ってくれるの?』と思いますよね?
本当に更生したと、判断出来るなにかでもあるの?と思いますよね?
爆発してもおかしくない不発弾を、無理矢理抱えさせられる怖さがある。

実際に、親類縁者からすら縁を切られ・・・生活も立ち行かない状況の場合も多い。
塀の中では刑務作業ってのがあって、僅かなお金は稼げるけど・・・それで何年も暮す程ではない。
重罪人の場合、親族や弁護士しか接見を許されない事もあるし・・・そう言う人を支援する人もいるから、氏が変わる死刑囚も多いですね。

でも、そんな都合の良い支援者ばかりでないのも事実。
支援者が、未来永劫生活の面倒を見てくれる訳でもないですしね?
出来る訳はない・・・故に、また同じ罪を重ねるのだ。

私の勤務する会社は、更生可能な人の受け入れをしている会社です。
相手は、人を殺した的な重罪人ではないですけどね?
私も、居る部所の性質上・・・誰がその人物かを知っている。
普通に生活してて、保護司なんて職業の方に・・・お目にかかれませんよねぇ。
私は自分の事情ではないけど、何人かにお目にかかってますけど

己の仕出かしてしまった罪を償うために、獄に繋がれた人々は・・・懸命に、そして不器用に生きている。
決して見張る訳ではないが、私はその人達を注視しています。
私以外にも、色んな人達に見守られ・・・彼らは、不器用ながら懸命に生きようと足掻いている。

塀の中でも外でも、好き勝手が出来ない・・・それが咎人の罪科である。
それが、犯した罪への贖罪である。
人を殺めた訳ではない人達ですら、そんな状況なのに・・・大罪を犯した者が最大限の権利を主張し、被害者を踏み躙る。

人は・・・どこまで傲慢になるのだろうか?
人が人を裁くのは本来あってはならない事だけど、止むを得ない時があるのは仕方ない。
これを、必要悪と言うのだろうか?
そんな悪は、本来必要としないんだろうけど。

私達は、神様ではありません。
命を与える存在では、ありません。
私達は、どんな者であっても奪う事しか出来ない者です。
それは、咎人であっても罪科のない者であっても同じ事。
おかしな論法を他者に押し付けた者と同じ土俵には上がりたくないが、許す事は叶わぬ故致し方ない。


件の被告の過去の言動を見詰め、私は今処罰は妥当と判断致します。
しかし、同じ様な罪を犯した者に同様の刑罰を望む物ではありません。

不遇な過去があるとやらで、人が殺められても良いのなら・・・法なんか、ゴミ箱へ放り込んで忘れてしまえば良い。
心神耗弱を理由に、人が殺められても良いのなら・・・法なんか、シュレッダーにかけてしまえば良い。
殺人を犯した者が、心神耗弱でない事の方が多いだろう?
なのに、それを理由に罪に問われないの?
その者が同じ罪を犯す事例もあるのに、どうして見直す事にならないのだろう。

子供が罪を犯す社会が悪いのは事実だが、現存する罪を償う事は・・・社会だけではなく、まず当人でなければならない。
それが例え子供であっても、心神耗弱であっても・・・逃れる事は出来ない。
私は、そう思います。

『一緒に謝ってあげるけど、まずあなたが頭を下げ、ごめんなさいをしなさい。
罰を受けなさい。』

・・・でしょ?
『ごめんごめん。
そんな環境にしたのはこちらだから、あなたに罪はないよね?』

・・・ではないでしょ?

私は、頑張っている人が好きです。
言われなくても、何かをしてあげたくなります。
声高に、頑張っているからと手を差し出す人間は大嫌いです。
お前に差し出すものは、舌すらないと思います。

故に、件の被告は厳罰であって然りだと思う。
自分が曲がった理由を、母親の死や暴力的な父親にこじつけるな!
同じ様な状況の人が、全て同じ道を辿るのだとしたら・・・それは立派な理由かもしれないが、みんな懸命に生きているじゃない。
曲がってないじゃない。

自分の弱さを、他者に押し付けて・・・他者を殺めといて、言いたい事はそれだけか?
自分の母親と同じように、被害者達の首を圧迫しておいて・・・自分は、同じように首を圧迫されるのは嫌か。
刑罰が嫌なら、自傷するか?
切腹するか?

生きたくても、生きられない人が居る。
死ななくても良かったのに、死んでしまった人が居る。
その原因が、他者の欲望ってのだったなんて・・・納得出来るものか。
君の口から、『あんまり』なんて言葉が出る以上・・・私は君の将来に更生の可能性を見出せない。

君を刑罰にかけたとしても、何も満たされないのだよ。
君は大勢から色んな物を奪うだけ奪って、何も満たさないのだよ。
だけど、君は自分が犯した事と同等の罰を受けなければならない。
自分で仕出かした以上、それは仕方のない事なのだよ。

13年も、寝覚めの悪い事が続きました。
この悪夢から覚めるのは、更なる時間を必要とするだろう。