狭間図書館

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送りの言葉はありません

疲れたぁ!
木曜の通夜・金曜の葬儀&初日法要は・・・疲れました
式典中ぼしょぼしょ喋ってばかりいる母や伯母を、何度諌めた事か・・・
ったく!反対でね?

年寄りだから、耳遠いでしょ?
だから、必然的に声も大きい。
本当に、年寄りはマイペース過ぎますね

私は母の付き添いも兼て大概葬祭には出てますが、他の従兄弟達は今回みたいに縁が遠いと来ないから・・・私1人でじじばばの相手ですよ
従兄弟の兄ちゃんでも来たら『PS3買っちくれ!¥40.000ね。』って言ってやろうと思ったのに・・・
どっちかと言うと、私の方が上じゃん?な感じだったので、流石に年下にそんな事は冗談でも言えませんでした。
・・・ちっ!

どのじじもばばも・・・喋り好きだから、話し長いですしね?
どっかで聞いた様な話しから、どっかで聞いた様な話しまで・・・どっかで聞いた話しばかり。
マジで・・・疲っ・・・疲れた・・・
これでね?
私が葬祭をパス出来ない人(送るべき人)は・・・まだ両手以上いるんですよ?
今迄に、両手両足位送って来たのに・・・身内が多いと、これだから困る

葬儀は・・・まぁ、そこそこ盛大?だったと思います。
坊主が人かぁ・・・それだけで、100万はいったな
弔問客に持って帰って頂く物も、通夜式&葬儀どちらもセンスが良く・・・お金が凄くかかってた
あぁ・・・どうしてこの国って、葬儀に莫大なお金がかかるんだろ。
やれやれですね

うちの親の時は、絶対密葬にしよう。
だけど、絶対怒り出すだろうな・・・喧しい親戚のお歴々が
何百万も、用意出来ない・・・ちゅうの

故人となった伯母は、母の父方の従兄弟ですが・・・直系が多かったので、母や母の弟・叔父達や私は喪主席側と対面した親族席に座りました。
それも、最前列
ぼーっとしてたら、名前を呼ばれたんで・・・仕方なく座りましたけど、後ろに座りたかった
あんなまん前、目立ってしゃあないやん?
従兄弟になる母や叔父達は兎も角、私オマケやん?

泣いてはいけない訳ではないし、むしろ葬儀は泣け的な式ですけど・・・私は泣くつもりはないし、泣きたい感情の揺れもなかったのに・・・何故だか涙が出ました
泣かないだろうと思ってたから、涙を拭う準備をしてなく・・・勝手に出て来る涙を拭うのに、本当に難儀しました。
何で、泣いたんだろう?

大人になってからは殆ど会わなかったけど、子供の頃あの伯母には正月になるとよくお餅を焼いて貰いました。
なので、正月になるとそれを思い出し・・・当然今年の正月も思い出していました。

正月になると、親族が集うので・・・そんなに大きくない家は人だらけ。
そうこうしてると、つだけ置かれたストーブにお餅が置かれ、時間をかけてひっくり返しひっくり返し・・・焦げ目が付いたお餅に海苔をぺりっ!と巻いて、砂糖醤油を付けて・・・これがとても美味しかった

あんまり美味しいから、あっ!と言う間に食べちゃうけど・・・ストーブの上は大して広くないし、つお餅を焼くのも時間がかかるし、食べる人もたくさんいるしで・・・なかなかお代わり出来ないのでした
それでも、あのお餅は本当に美味しかった。

享年87歳。
最晩年は寝たきりだったし、苦労も多かったけど、子供や孫・曾孫に囲まれ・・・にぎやかで、幸せな最後でありました。
息子が病で先立った時は、一番しんどかったね。
でも、忘れ形見の孫を引き取り、立派に育て上げました。
14日の夜に逝った伯母さん・・・まっ、87歳なら大往生でしょ
良い人生だったね、伯母さん。

通夜に葬儀に初日法要・・・当人さんはいなかったんですけど、法要後の会食後・・・帰ろうとした時に漸く顔を出してました。
式場が2階だったので、エレベーターに乗ろうとした時。
帰るこちら側と、見送るあちら側。
その中に、顔を覗かしていた。
笑えました

亡くなった伯母の妹にあたる伯母(81歳)が、家族揃って群馬からはるばる来たんですけど・・・その横に立っていた
その伯母にも、伯母の娘にも逢うのはん十年振りなんですけど・・・元気そうで良かった
どの身内も相応なお年頃なので、『忙しいから、葬式だって10年は呼ばないように。』と厳命しておきました
『無理言うな。』・・・と言われたけど、30年頑張って生きろと無理を言うより、良心的でしょ?』

ついこの間、の繋がりの濃い叔父を送ったばかりなんだから・・・勘弁して欲しいのです
子供の頃から、送ってばっかじゃん・・・もう嫌だよ。
どんな風だったか忘れる位、間を空けて欲しい