狭間図書館

適当に書き連ねる【ご意見無用】のblog。 大半が目にみえない物のお話しなので、ご注意下さい。
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かの如く

これは、先週記事に対するシークレットコメントさんへの回答です。

その中で、お葬式の場面が少しだけあったのですが・・・△の布を頭にしているのを見ました。
閻魔様の前に行くから正装の意味があるとか、身分のある人が着ける冠を意味して亡くなり旅立つ時にはせめて身分ある身であるようにとか、色々あるんですね。
でもどれも亡くなった人が着ける場合の意味で、埋めてる人(参列者?)が着けてる場合の意味はありませんでした。


額の布は、『天冠(てんかん)』と言います。
他にも地域によっては、『頭巾(ずきん』と言ったり、言い方が変わりますけどね?
地域によっては、今でも存在する葬送の風習です。

死は、穢れ(けがれ)であるので・・・顔を隠すと言う意味があるとか、色々説がありますね。
顔を隠すと言っても、あんな少しの布なので・・・隠しきれるものではないですね?
殆ど、はみ出してますからね
人には、第三の目(霊的な目)がありますから・・・その第三の目を隠す、霊的な穢れを受けないようにする・・・とか、意味は諸々ですね。

亡くなった側ではなく、送り側がその装束をするのは・・・その穢れを、受けないための措置と言いますね。
それ以外にも、『死を悼む』と言う意味がある。
一緒に逝きたい程、悲しい思いの表れと言うか・・・。

六文銭

死装束とは・・・冥土に旅立つときの衣装の事。
『経帷子(きょうかたびら)』と呼ばれる白い着物を着て、手には手甲(てっこう)脚には脚絆(きゃはん)を付ける。
頭からは頭陀袋(ずだぶくろ)を下げ、その中には三途のの渡り賃である六文銭(ろくもんせん)【画像参照】を入れます。
昨今は、六文銭は印刷物。
そして・・・網笠をかぶって、足にはわら草履を履き、利き腕には杖を持つ。


今は、あまりしませんけど・・・。
二夫に見えずと言う意味で、喪服ではなく白の装束で送る・・・と言うものありますね。
逝った側が権力者であるなら・・・一緒に、埋められて・・・って感じになりますか。
昨今は、気持ちだけ一緒に逝くと言う意味あいで、死人と同じ装束をする事がありますね。

うちも、今では普通に喪服を着てますが・・・。
昔は、白装束で・・・男性は、頭に白い頭巾?みたいなのをかぶっていました。
私の知っている方の田舎でも、同じような感じで遺族は全員白装束ですね。
オマケに、盆とかでも親族はその恰好をして・・・それぞれの家の神輿?みたいな物を担いで、墓まで練り歩くと言う。

死んでしまうと言う事は、悲しい事ではあるけど・・・。
地域によっては、神様・仏様の世界に行くめでたい事としている事があります。
だから、祭りの如く大騒ぎをして、死者を送ってあげるのです。

宗派によって四十九日の旅がないというのもありました。
また、死に装束を着せないで上に掛けるだけとか、掛ける時も逆さにするとか、着物を着ないで生前の格好でとか、着物なんだけどフリルとか可愛らしいものがあるとか、現代風に色々変わってる部分もあるようです。


そうですね。
これも、色々ありますが・・・。
上にかけて・・・と言うのは、死装束を着せられない(死後硬直が始まって)場合ってのも多々あります。
葬儀屋さんに言うと、無理くり(骨を折ってでも)着せてくれますが・・・可哀相なので、今はあまりしませんね。

昔は、医者は家に呼ばれました。
だから、臨終したら・・・死後硬直が始まる前に、すぐ死装束を着せられた。
けど、今は病院で亡くなる場合が多いので・・・。
家に遺体が戻される場合は、大概死後硬直が始まっていますね。

何を隠そう、うちの父の場合もそうでした。
死装束、きっちり用意してあったんですけどね?
救急で病院に運ばれ、12時間後家に帰って来た時には・・・もう着せられなかった

家を出た時は、一応意識があり・・・。
途中、私が家に下着等を取りに戻ったら(片道1時間)・・・その途中で危篤になり・・・その後亡くなりました。
危篤の段階で、死装束を持って行く親族はいないでしょうね。
余程、予感でもない限り。

私は隣りの家の人に、我が家で飼っている犬の事を頼みに行き・・・そこで、泣いて(本人意識せず)助からないと口走ってました。
その時は、まだ危篤になった事を知りませんのにね。
なんだか、予感がしたんでしょうね。
何故、そう言ったかかは・・・自分でも解りません。

三途の川を渡るお金は紙で…と読みましたが、以前に焦げた10円玉を見たような気がします。
(その焦げた10円玉はお守りにする…んだったかどうだか忘れました)
そのお金は六文銭らしいのですが10円玉を入れてるってことはいくらだったんだろうと。


今、六文銭自体がないので・・・紙製になりましたが・・・。
まぁ、似た金額って事で10円なのでしょうね。
焦がした10円も、何処かで見た気がしますが・・・六文銭が古い貨幣で汚いので、それに近づけるためにそうしたのかな?
まぁ、大した意味はないですね。

お坊さんの読んで下さるお経も宗派で様々ですし、お経じゃなく話し掛けるような言葉を言っている場合もあります。
通夜の意味と、葬式の意味と、初七日の意味と、四十九日の意味と、月命日の意味と、命日の意味もよくわかりません。
それぞれ表面的にはわかっているのですが、それをすることで亡くなった人にとってどういう意味があるのか・・・というのがよくわかりません。


大丈夫です。
それをしっかり理解している人は、自分も含め・・・僧侶の中にもいませんから
みんな、なーんとなく親から伝えられた事を、雰囲気でやってるだけなんですよ

昔から続く方法でなく、生前着ていた洋服や生前着れなかったドレスを着て送られたらどうなるのでしょう。
仏さんは、大概亡くなった時の服装でいますから・・・。
着替えたい仏さんなら、着替えるかもですけど・・・。
それも、随分してからです。
死にたては、それ処ではない。

また、あれもこれもと亡くなった人が好きだったものをたくさんお棺に一緒に納められたら、物がいっぱいで困っちゃわないのかなとか、本一冊二冊とかならまだしも、もしその中に最新機器が入っていたら、電源もないのに使えなくて荷物になっちゃったりしないのかなとかも思いました。
これについては、聞いたことないですけど・・・。
遺族がいっぱいの思いを持ってしてあげても、それを担いでいる人は見た事がありませんね
ひょっとして、ドラえもんのポケットみたいなのがあるかもですが・・・。

勿体ないけど、持っていけないから・・・その場に置いて行くのかも知れませんね。
だって、持ち歩けないし

でも、生前使っていたメガネとか入れ歯に付いては、文句を言われた事がありますね
生前使っていたものではなく、良いのをお棺に入れてあげたら・・・使い辛いとか、合わないから使ってなかったのにとか・・・。
それも、暫くの事なんですけどね?
そのうち、必要としなくなるから。

目が悪かった人でも、メガネをしている人って・・・少ないんですよね。
10人生前メガネの人だとしたら、1人か2人程度ですね。
残りは、メガネをかけてなくても・・・多分、見えるんですね
『見えるの?』って、聞いた事ないですけど。

万が一、お金を間違ったり入れ忘れたりしたらどうなっちゃうのでしょうか。
四十九日も旅をすること考えたら、おにぎり四個じゃ足りないような気もします。

別に、入れ忘れたら入れ忘れたで・・・後から供えればOKです。
きちんと、受け取りますからね。

仏さんの感覚と、人間の感覚は違います。
なので、生者の苦労感覚とかは当てはめる事が出来ません。
お腹が空いたとしも、それをしなければならない業ですね。

まぁ、もう死んでいるのだから・・・餓死する事もありませんし?
なんだか、配っている(服とか食べ物)が居ると言う話しですし・・・(私の母親談)。
それは、気にする部分ではないですよ?

お菓子とかジュースとか珈琲とかそういうのをたくさん入れてあげたいような気がするけど、それこそトラックかキャンピングカーと一緒に納めてあげなきゃいけなくなりますよね。
食べ物・飲み物とかは、その場で消費するので・・・。
持ち出す事は、あんまりしませんね。
それをするのは、水子位です。

おかあさんに買って貰っただの、作って貰っただの。
キラキラした目で、わざわざ報告に来ます。
子供って、そんな風ですよね

逆に、大人が何かお供え物とかを持ち歩いているのは・・・見た事ありません。
言われてみれば、食べてるシーンも・・・見た事ないかも
あれが欲しい、これが欲しいとは・・・言いますけどね?

亡くなった人に確認出来ないし、忘れたとか間違ったとかで送ってあげることも出来ないし、それこそ謝ることも出来ません。
宗派や風習で色んなやり方で送り出しているようですが、亡くなった人に迷惑はかけていないでしょうか。困らせたりはしてないのでしょうか。

身体は、ないですけどね?
見えないけどそこに居ますから、別に仏壇の前でも良いし・・・心の中で手を合わせてでも、言った事はきちんと聞いて受け取りますよ?
基本、宗教を間違えようと・・・送る気持ちに嘘はないですよね?
その心(気持ち)を、咎める仏さんを私は知りません。

例えば、旅行中に・・・不慮の事故やら病気で亡くなり、その地域の人が手厚く葬ってくれたのに・・・。
あなた様なら、宗教が違う・宗派が違う・・・と怒りますか?
出来ないなら、自分の遺体が腐ろうとも野ざらしにしとけや!・・・と。

怒りませんよね?
そー言う事です。
有り難いと思いこそすれ、迷惑なんてこれっぽっちも思いません。

宗教やら宗派は、生きている私達の都合であって・・・仏さんになったら、ぶっちゃけ関係ないんですね
だから、生前熱心なキリスト教徒であってもお経はありがたいし・・・逆もまた然り。
ありのままに受け止める・・・どんな人間も、死んだらそうなるんですね。
文句を言ったとしても、どうにもなりませんしね?

コメント、ありがとうございました web拍手 by FC2
【 2013/12/02 (Mon) 】 こんな感じ | TB(-) | CM(2)
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【 2013/12/03 】 編集
Re: いらっしゃいませ、シーコメさん
コメントありがとうございます。
長くなりますので、本分で回答させて頂きます。
【 2013/12/03 】 編集
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