狭間図書館

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いつかのために

あぁ・・・早いなぁ。
もう、4月も終わろうとしてるんだな

直接関わった訳ではないが、数日前・・・会社絡みの方が亡くなり、隣りの国では最悪の海難事故に四苦八苦している。
会社絡みの方は兎も角、隣りの国の場合は・・・大半が、修学旅行の学生さん。
まだ、これから先の時間の方が圧倒的に多かったであろう若い命が、大勢大勢失われてしまいました。

若くても、明日の命は解らない。
『いってきます!と元気よく出て行った子供達と、今生の別れになるなんて・・・誰が想像しただろうか。
既に150名・・・尊い命が消えてしまった。

病気で長患いをしていたとしても、してやる事をやり残した事があるのではないか?と思えるのに、急に奪われた命を・・・永遠に取り戻す事が出来ないなんて、誰も承服できないだろう。
なんて事が、起こってしまったのだろう。
家族&遺族は、心痛も極まっているだろう。
こればかりは、日にち薬の効用を待つのがもどかしい。

他国の事、人の事と思わず・・・明日の我が身と理解せねばならない。
私達には・・・己の運命すら、預かり知らぬ事なのだから。

あなた様は、家族や友人に・・・自分の希望を話してますか?
死んだ話しをする、それは必要な事ですよ?

どんな葬式をして欲しいか、どこで式をあげたいか。
又は、あげるのかあげないのか。
どこに、遺骨を預けて欲しいか。
遺産は、どうやって分けるのか。

私は、少ししか親とそー言う話しをしてませんでした。
まぁ、大まかは意に沿ったと思いますけどね?
財産がある訳ではないので、して欲しい事を言えなかったと言うのもあるでしょうし。

案の定、機械仕掛けの墓に入るのは・・・嫌だと言いました
まぁ、諸事情があるから、最終的には折れるでしょうが。
当人より、私の方が出来れば預けたくないのでしょうね。

私のように、聞ける状態でも・・・欲しい答えが全て得られる訳ではありません。
何故なら、生前と死後では価値観が変わるからです。
人は、死んでしまうと・・・物欲からは、逃れるのですね
まぁ、仏さんがあれが食べたいとか言ってる体は、物欲とはちょっと違いますね。
なにせ、消費して無くなるものだし。

そー言うの(生前と死後では価値観が変わる感覚)が、解脱と言う奴ですね。
生きながらにして、解脱する事も出来ますね。
私達の場合は、ショックな事があって・・・放心すると、食事をするのもそれ以外のもろもろも、どうでも良くなりますでしょ?
それが、感覚として似てますね。

私は、過去に1度だけ・・・そうなった事がありますね。
それは、父が危篤になり・・・危機を知らせるアラームが鳴り響く中、廊下に(病室に入れなかったから、入口近辺)立っていた時。
自分の身体すら御せず、全ての事がどうでも良くなった。

この辺りの事は、ブログ記事にもしましたね。
婦長さんが、椅子を持って来て『座って。』と声をかけてくれたけど、どうやって座れば良いのかさえ、座り方を瞬時に忘れてしまったんですね。
結果、婦長さんが抱えるようにして、無理やり座らせてくれたけど。
自分の身体すら、自由にできなかった。

生前と死後では価値観が変わる・・・そうすると、早々要望しないものなのですよ。
どうでも良くなるから。
興味が失せると言うか。
故に、聞ける状況であっても・・・答えは貰えない。

それに、大概は聞けませんでしょ?
なので、生きているうちに、自分の考えを若かろうが年寄りだろうが、言っておく必要がある。

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適当に書き連ねる【ご意見無用】のblog。 大半が目にみえない物のお話しなので、ご注意下さい。
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